乳酸菌等から産生されるHYAが食後高血糖を改善できる可能性を1型糖尿病モデルラットで発見
発表日 | 博狗体育平台_博狗体育在线-集团网站7年2月27日(木) |
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1.発表者
山本 悠太 (和歌山県立医科大学医学部解剖学第一講座 講師)
2.本研究の特徴
- 乳酸菌などの腸内細菌は植物油に含まれるリノール酸からHYA (10-hydroxy-cis-12-octadecenoic acid)を産生しますが、HYAを糖負荷直前に経口投与すると、血糖値の上昇が緩やかになる現象をラット(ネズミの一種)で見つけました。
- この効果は、HYAが腸の粘膜で糖を吸収するタンパク質であるSGLT1の働きを阻害し、また胃の動きを遅くするホルモンであるGLP-1とCCKの分泌を促進させたことによる可能性が示されました。
- インスリン分泌のできない1型糖尿病モデルラットでも血糖値の上昇が緩やかになりました。
- 食事前にインスリンを注射する1型糖尿病の治療法を模倣して、1型糖尿病ラットに糖負荷直前にインスリンを投与した動物モデルに、HYAを糖負荷直前に経口投与すると、食後高血糖が改善されました。
- 本研究より、1型糖尿病を含む食後に高血糖になりやすい糖尿病の患者さんへの応用が期待できます。
本研究は、和歌山県立医科大学 山本悠太講師、山岸直子助教、金井克光教授、北海道大学大学院薬学研究院 鳴海克哉講師、小林正紀教授、同大学の井関健名誉教授(元大学院薬学研究院教授)、Noster 株式会社 R&D本部 米島 靖記との共同研究で行われました。
3.研究の概要
研究の背景
ご飯やパンなどの炭水化物を食べると、胃に溜まり、少しずつ腸へ運び出され、腸で消化されて糖(注1)になります。糖は腸の粘膜で吸収されると門脈を通って肝臓へ運ばれ(図1)、更に全身へ運ばれることで、血液中の糖濃度(血糖値)が上昇します。この血糖値の上昇に反応し、膵臓からインスリン(注2)というホルモンが分泌されることで血糖値は元に戻りますが、インスリンの効き目が悪い2型糖尿病の患者さんでは食前の血糖が高いことや血糖がなかなか元に戻らないことがあります。血糖が高い状態が続くと、心臓や血管に悪影響があるので食後高血糖を改善するために、2型糖尿病の患者さんではインスリンの分泌を促す薬を使用します。
HYA(注3)は、乳酸菌などの腸内細菌が植物油に含まれるリノール酸(注4)から産生される代謝物であり、事前に投与することで糖負荷を行ったマウスのインスリン分泌が亢進し、血糖上昇が抑えられることが以前の報告で明らかになっておりました。
一方、インスリンの分泌細胞が壊されてしまう1型糖尿病では、インスリンが分泌できなくなるため、食直前にインスリンを注射することで補充する治療法が一般的です。一部の研究では、インスリンを食直前に注射する方法よりも食事15~20分ほど前に注射したほうが食後高血糖になりにくいと報告されていますが、患者さんへの精神的な負担が問題になります。
研究の目的
研究の結果
HYAの代わりにオリーブオイルを投与したコントロール群では血糖値の上昇は糖負荷後60分でピークを迎えますが、HYAを投与したHYA群では糖負荷後60分までの血糖上昇が抑えられました(図2左)。一方で、血漿インスリン濃度の上昇はHYA群ではコントロール群と比較して抑えられたため、血糖上昇が抑えられたことでインスリン濃度が上昇しなかった可能性が考えられ、この血糖上昇を抑えるメカニズムはインスリンとは別の因子も関与している可能性が示されました(図2右)。
②HYAの血糖上昇抑制効果は、どのように起きているのか?
今回認めたHYAを経口投与したことで血糖の上昇が抑えられるメカニズムとして、糖の吸収が抑えられている可能性が考えられました。吸収された糖は門脈の血液を通じて運ばれるため門脈中の血糖値を測定したところ、HYA群で門脈中の血糖値が低く、糖の吸収が抑えられていることがわかりました(図3)。
消化管での糖の吸収は小腸の粘膜で糖の吸収する働きをするタンパク質であるSGLT1(注6)の働きによって行われるため、HYAが糖吸収を抑えてgいるメカニズムとしてSGLT1の働きが阻害されている効果と、投与された糖が胃から小腸へ運び出されるのを遅延させる効果の2つが考えられます。
そこでSGLT1による糖取り込みが、HYAで阻害されるかどうかをCACO-2(注7)という培養細胞で検討しました。
SGLT1の糖取り込みを強く阻害する薬剤のフロリジンほどではないですが糖の取り込みを抑えることがわかりました(図4左)。次に、投与された糖が胃から腸へ送りだされるのをHYAが阻害しているかどうかを検討するため、糖負荷後30分で胃内に糖がどれほど残存しているか解析しました。コントロール群では30分で投与した糖の40%程度が胃に残留していましたが、HYAを投与すると約80%も胃に残留していました(図4右)。胃の動きを遅くさせるホルモンとしてGLP-1とCCK(注8)が知られており、これらのホルモンの分泌をHYA投与で促進されるか検討を行ったところ、HYA投与後30分でこれらの血中ホルモン濃度が上昇しました(図5)。このため、今回のHYAによる血糖上昇抑制効果はSGLT1の糖取り込みが阻害された効果と、GLP-1とCCKの分泌が促進されることで胃の動きが遅くなった効果によるものと考えられます。
③HYAの血糖上昇抑制効果は1型糖尿病ラットでも有効か?
今回認めたHYAの血糖上昇抑制効果は糖吸収を抑える効果によるものと考えられたので、インスリンの出ない1型糖尿病ラットでも効能を発揮する可能性を考えました。そこで、1型糖尿病ラットで確認したところ、コントロール群では糖負荷後30分で血糖値が上がりきってしまいますが、HYA群では2時間かけてゆっくり上がっていきました(図6左)。また、1型糖尿病患者さんが、食直前にインスリンを注射する治療法を模して、糖負荷直前にインスリンを注射した1型糖尿病ラットにおいて、コントロール群では糖負荷後に急激な血糖上昇を認めましたが、HYA群では血糖上昇は緩やかになり、血糖最大値も低く血糖値のピークも30分遅らせることが明らかになりました(図6右)。
本研究で、HYAを糖負荷直前に経口投与することにより、①SGLT1の働きを抑える効果と、②GLP-1とCCKの分泌を促進させることで胃の動きを遅くする効果で血糖上昇が緩やかになることを見出しました(図7)。1型糖尿病ラットでは糖負荷後の血糖上昇を抑えており、1型糖尿病を含む糖尿病患者さんで食後高血糖を抑えられない方に対し、この高血糖を改善する可能性が考えられます。
現在、1型糖尿病患者さんを対象に「1型糖尿病患者における機能性脂肪酸HYAの食後血糖上昇抑制効果を検討する 単施設プラセボ対照無作為化単盲検クロスオーバー試験」(jRCTs051220104、現在募集終了)を行っており、今後この可能性について明らかにしていきたいと考えています。
4.発表雑誌など
発表雑誌:Acta Diabetologica. 電子版 (2025年2月3日発表済)
論文タイトル:HYA ameliorated postprandial hyperglycemia in type 1 diabetes model rats with bolus insulin treatment
著者:Yuta Yamamoto, Katsuya Narumi, Naoko Yamagishi, Yasunori Yonejima, Ken Iseki, Masaki Kobayashi, Yoshimitsu Kanai
5.用語解説
注1 糖
炭水化物は胃腸で消化されグルコースなどの糖に分解されます。血糖値として測定される糖はこの糖のうちグルコースを指しています。
注2 インスリン
血糖値が上がったときに膵臓から血液中に放出されるホルモン。小腸から血液中に放出されるGLP-1というホルモンによりインスリンの放出量が増えることが知られています。
注3 HYA(10-hydroxy-cis-12-octadecenoic acid)
7植物油の成分の一つであるリノール酸の2重結合の一つが腸内細菌等で水酸化された脂肪酸。インスリンやGLP-1などのホルモンの分泌を促す作用があることも知られています。
注4 リノール酸
植物油の成分の一つ。植物油が腸で消化されることで、腸管内に存在します。
注5 GLP-1
グルカゴン様ペプチド-1のことで、消化管ホルモンとしてインスリン分泌を促したり、胃の動きを抑えたりする作用が知られています。
注6 SGLT1
ナトリウム依存性グルコース輸送体のことで、小腸の粘膜からの糖吸収を行うポンプの役割を担っています。
注7 CACO-2細胞
ヒト結腸癌由来細胞で、腸管機能を再現した細胞モデルとして用いられています。
注8 CCK
コレシストキニンのことで、消化管ホルモンとして、胃の動きを抑えたりする作用が知られています。