薬剤性肝障害にシベレスタットが効く
発表日時 |
博狗体育平台_博狗体育在线-集团网站5年5月29日(月)10:00~10:40 |
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場所 |
生涯研修センター研修室 |
発表者 |
本学医学部 法医学講座 准教授 石田裕子、教授 近藤稔和 |
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ポイント
- 薬物性肝障害とは、医療機関で処方された薬やドラッグストアで購入できる薬、サプリメントなどが原因となり起こる肝臓の炎症です。
- 軽症の場合は薬剤中止により速やかに回復しますが、回復が長引く場合や重篤化する場合は、肝不全?劇症肝炎に準じた治療が必要となることがあります。
- アセトアミノフェン(商品名カロナール)は、解熱?鎮痛薬の一つです。主に発熱、悪寒、頭痛などの症状改善に用いられ、一般用医薬品の感冒薬にも広く含有されていますが、過剰服用に陥る事例も少なくありません。
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「シベレスタット」は急性呼吸不全の治療に用いられる薬剤ですが,アセトアミノフェンによる急性肝障害に対してシベレスタットに治療効果があることが明らかとなりました。
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背景
肝臓は、身体に必要な物質を合成し、薬物や身体に有害となる物質を解毒して排泄するなど、生命活動にとって重要な役割を担っています。肝臓の中でこれらの働きを担う肝細胞が急激に大量に壊れることによって、その機能が低下していく病気が急性肝不全(劇症肝炎)です。肝細胞はいったん壊れても増殖する能力に富んでいるため、大部分の急性肝炎は、肝細胞が壊されても自然に元の状態に戻り、特別な治療を行わなくとも治ります。しかし、急性肝不全では、肝細胞の破壊が極めて大規模に起こるため、肝細胞の増殖が遅れて、適切な治療を行わないと高頻度に死に至ります。
アセトアミノフェンは多くの市販解熱鎮痛薬の主成分であり、急性薬物中毒の原因薬剤としても知られています。アセトアミノフェンは軽度の鎮痛薬および解熱薬であり、治療用量で使用する場合は安全です。処方薬以外でも、市販の解熱鎮痛薬、総合感冒薬の70%以上に主成分として含有されており、容易に手に入れることができます。自殺目的の大量服薬のほかに、小児の誤食事故が多く、急性薬物中毒の原因物質として最も頻度の高い薬物の1つです。2020年の日本中毒センターに寄せられた相談件数は142件で、解熱鎮痛消炎剤585件の中で最も多い薬物でした。
一方、シベレスタットは、全身性炎症反応症候群に伴う急性肺障害の改善に用いますが、この疾患における重要な障害因子として注目されているのがタンパク分解酵素の一つである好中球エラスターゼであり、シベレスタットはこの酵素を選択的に阻害します。今回我々は、マウスアセトアミノフェン肝障害モデルを用いて、シベレスタット投与がアセトアミノフェン肝障害に対して治療効果をもつことを見出しました。 -
研究成果
今回の研究では、マウスにアセトアミノフェンを過剰投与して急性肝障害を惹起した後、シベレスタットを投与して、その治療効果を解析しました。シベレスタットを投与しなかったコントロールマウスは約50%のマウスが死亡したのに対し、シベレスタットを投与したマウスは全て生き残りました(図1)。コントロールマウスの肝臓には多数の好中球が浸潤していましたが、シベレスタットを投与したマウスの肝臓ではその数が減少していました。また、シベレスタットを投与したマウスの肝臓では炎症性サイトカインやケモカインの発現も減弱していました。さらに、肝障害において増悪因子であることが知られている一酸化窒素の産生が、シベレスタットを投与したマウスの肝臓ではコントロールマウスと比べて減少していることが判明しました(図2)。これらの結果から、シベレスタットは肝臓への好中球浸潤および一酸化窒素産生を抑制することにより、アセトアミノフェン肝障害を改善するという新たな知見を得ました。
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今後の展開
今回の研究で、シベレスタットが過剰な炎症反応を抑制し、アセトアミノフェン肝障害に対して治療効果をもつことが判明しました。したがって、種々の炎症性疾患の病態形成における好中球エラスターゼの役割が今後の研究により明らかになれば、好中球エラスターゼの阻害剤であるシベレスタットの治療的および予防的臨床応用が大いに期待されます。
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用語説明
- 好中球(Neutrophil):白血球の中の顆粒球の一種であり、白血球全体の約45~75%を占め、強い 貪食能力を持ち、細菌や真菌感染から体を守る主要な防御機構となっている。
- 好中球エラスターゼ(Neutrophil Elastase, NE):好中球エラスターゼは、炎症の際に好中球から放出され、微生物、異物を分解し、生体を防御する。しかし、好中球エラスターゼは、自己の組織を障害する恐れがある。
- シベレスタット:シベレスタットは、ヒト好中球エラスターゼの選択的阻害薬である。急性呼吸不全の治療に用いられる。商品名エラスポール。
- サイトカイン?ケモカイン:サイトカインは、細胞から分泌される低分子のタンパク質で生理活性物質の総称。生理活性蛋白質とも呼ばれ、細胞間相互作用に関与し周囲の細胞に影響を与える。ケモカインは、サイトカインの一群であり、白血球などの遊走を引き起こし炎症の形成に関与する。
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発表雑誌
Yuko Ishida, Siying Zhang, Yumi Kuninaka, Akiko Ishigami, Mizuho Nosaka, Isui Harie, Akihiko Kimura, Naofumi Mukaida, Toshikazu Kondo.
“Essential involvement of neutrophil elastase in acute acetaminophen hepatotoxicity using BALB/c mice”
International Journal of Molecular Sciences. 2023, 24(9), 7845; https://doi.org/10.3390/ijms24097845 -
本論文著者
和歌山県立医科大学 医学部 法医学講座
石田裕子准教授,チャンスィン,國中由美特別研究員,石上安希子講師,野坂みずほ講師,張江伊水,木村章彦博士研究員,向田直史博士研究員,近藤稔和教授
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